ヴァシュティ・バニアン - Just Another Diamond Day







ぼくがドノバンやフェアポート・コンヴェンションあたりを糸口に、ペンタングルやスティーライ・スパンといった英国トラッドの香り漂う音楽を好んで聴くようになったのは、1990年代の中頃のことだったと思います。

フリーペーパー「献血劇場」誌上に連載していた「雨の日の女」で柳田國男「遠野物語」を取り上げたときにあえてドノバンのアルバム「HMS DONOVAN」を引き合いに出して語っているように、新しい文学を探すよりも民俗学の世界にのめり込んでいき、それとパラレルにイギリス、あるいはケルト世界のルーツ・ミュージックに魅せられていったのです。

雨の日の女 #29 柳田國男「遠野物語」
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kenketsu/rainyday_29.html


ちょうどその頃、たまたまロックダイヴィングマガジンから出た「ラビリンス・英国フォーク・ロックの迷宮」というレコード・ガイドブックを手に入れて、まるで宝物の地図のように読みふけって、お気に入りの音を日々探し続けたものでした。

いまは残念ながらぼくの手元にもなく、すでに絶版になってしまっているようですが、「ラビリンス・英国フォーク・ロックの迷宮」という本はかならずしもトラッド・フォークの専門書ではなく、比較的メジャーなロックやポップスの中にブリティッシュ・トラッドの香りを嗅ぎ付けることができるレコードもたくさん取り上げつつ、独特のユーモアあふれる文でレビューを付していき、いつのまにか数百枚だけ自主制作されたとおぼしきレア・アイテムにまで興味を抱かせてしまうという、文字どおり迷宮への誘いにみちた罪作りな一冊。

幸いぼくはその当時、寸暇を惜しんでにレコード屋さんをめぐって散財することもなく、浴びるように音楽を聴くことができる環境にいたので、興味を持ったレコードは片端から聴いてみたものでしたが、やはり稀少盤などにはそうそうお目にかかれるものではなく、「良さそうだけれど、一生めぐり会うことなんてないかもしれないな」と、あきらめ半分に思っている作品がいくつもあったのです。





ヴァシュティ・バニアンのアルバム「ジャスト・アナザー・ダイアモンド・デイ」も、まさにそんな1枚でした。

なにしろ1970年にリリースされたオリジナル盤はわずか100枚だったとも言われ、もしも売りに出されても目玉がとび出すほどの高嶺の花に決まっているし、そもそも本物のレコードを見る機会さえありそうにない、というまぼろしの代物だったのです。

それがいまではめでたく正規でCD化されて、期待を裏切らない、のどかで牧歌的なようでいて、何とも形容のしがたい独特の歌と音世界の伝説の音源に手軽に触れることができるようになりました。



Vashti Bunyan - Just another diamond day



この作品がきっとステキな1枚に違いない、という予感は、レコード・レビューで絶賛されていることやフェアポート・コンヴェンション関係の人脈などといったことに加えて、このアルバムのジャケットのアート・ワークからも感じられたものでした。

経験から言って、このジャンルのレコードはとりわけ、ジャケットの雰囲気とその内容とがリンクしている確率が高いのですから。

そんなこともあって、このレコードがCDで聴けるようになるのは待ち望まれていたことでしたが、12インチ・サイズのLPで自分のものにできたなら、というのもまた夢だったのです。


さらにその夢の、そのまた夢と思われていた、ヴァシュティ・バニアンの「新作」が届けられるという事件が起ったのは2005年のこと。

スコットランドの牧場に移住して子供を生み育てていたという彼女の、実に35年ぶりの歌声は、これもまた信じられないくらい、何も変わっていなかったかのようにすばらしいものでした。





画家である娘さんに描かせたというこのアルバムのジャケットも、ものすごくステキなできばえ。

ちょっとだけ、ぼくがいま愛用しているトートバッグにプリントされた吉田キミ子さんの描いたうさぎの画に通じるような気もしてしまいます。


吉田キミ子さんのうさぎの画のトートバッグ




2007年には、初期のシングルとレア・トラックを集めた「Some Things Just Stick in You Mind」が発売。

ヴァシュティ・バニアンのデビュー曲がローリング・ストーンズ・ナンバーだったということを話には聴いていましたが、それも耳にすることができるようになり、そのうえ今ではYou Tubeで動画まで見ることができるようになってしまいました。






Vashti Bunyan - Some Things Just Stick In Your Mind (Rolling Stones)



これを聴いて、すぐに思い浮かべるのは同じくジャガー/リチャーズ作品「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」を歌ってデビューしたマリアンヌ・フェイスフルのこと。

イミディエイト・レコード・レーベルをつくってイギリスのフィル・スペクターを目指していたストーンズのマネージャー、アンドリュー・ルーグ・オールダムが、ヴァシュティ・バニアンもマリアンヌと同じようにちょっとフレンチ・ポップ風なウィスパー・ボイスのアイドルとして売り出そうとしていたことがよくわかります。


もしかすると、ヴァシュティ・バニアンはもうひとりのマリアンヌ・フェイスフルだったのかもしれません。

その後に彼女たちのたどった運命はあまりにも違ったものだったけれど、誰も予想もしなかったほど長い年月のあとに、誰も予想できなかったくらいすばらしい作品を産み出してみせた、という点でも共通しています。


ところで、実は先日初めて気がついたのですが、カムバック作「Lookaftering」が発表された2005年、あの「Just Another Diamond Day」のアナログ盤も発売されていて、Amazonで現在も「在庫あり」になっていたことに驚かされました。





ずっと前に叶わないと思っていた夢が、思いもかけず現実になっていた、そんな気持ちです。








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